ソシャゲ遍歴 ~10年間の思い出~
こんにちは、るりです。
Twitterのトレンドに「モバゲー」とあったので懐かしくなり、当時のことを思い返しながら自分がこれまで遊んできたソシャゲ(携帯ゲーム)について書き残そうと思います。
今回記載した以外にも遊んでいましたが特に思い入れが無かったため省略しています。
中3の終わり頃、高校入試も終わって携帯を買ってもらった自分は高校入学後、周りの影響でGREEに登録し徐々にネットの世界にのめり込むようになる。
最初はモンプラとか友達がやってたから始めただけで特にハマりもしないゲームをやっていた。
ゲームをやると言うよりは、現在のTwitterのように他者と絡んでる方が楽しかった。
そんな中、モンハン3rdでモンハンデビューし、モンハンの魅力を知った自分の目にとあるゲームが舞い込んできた。
モンハンのソシャゲ。
配信開始前から友達とどういうゲームになるのか予想したりこのゲームの話題で持ちきりだった。
当時のソシャゲはトレード機能があり、低レアリティのモンスターを交換に提示し続け、わらしべ長者をして遊んでました。
しかしこのゲームはフロンティアのモンスター中心のため、知らないモンスターばかりで周囲の飽きが早かった。
このゲームを遊んでいるのが自分だけになった頃、辞めた友達の1人が「モバゲーでモンハンのゲームが出た」と言っていたので、まぼろし島で集めたモンスターたちをそっちのカードとすべて交換して、このゲームは引退した。
みんなとモンハンカードマスター /モバゲー
上記で話した友達に誘われて始めた。
ハンター(狩)・モンスター(魔)・アイルー(猫)の3種に分類されたカードの中から9枚で1つのデッキを組んで戦うゲーム。
カードの組み合わせによってはスキルも発動したりする。
特定の2つのカードを合成してカードを生成する「革命」というシステムがあり、事前登録者に1枚配られたティガレックス2枚を革命させたティガレックス・ダブル9枚で組んだデッキが最初期の最強デッキだった。
のちに9枚そろえるとスキルが発動する「ミリオンカード」が登場し、その中のマシューとロイを革命させた9枚で組んだ通称「ミリマロ」(マシュロイ)や、異なる武器9種で組んだ時に発動するシィルのスキル「百花繚乱」を中心とした通称「狩百花」が流行ったりもしていった。
またこの頃にRMT(リアルマネートレード)という現金とゲーム内カードを取引する行為が問題視され、ソシャゲからトレード機能が廃止された。
これにより前述した1人1枚しか入手できない事前登録ティガを2枚集めて作れるティガダブルや、1人で9+9枚集めないといけなくなったミリマロは実質作成不可になった。
「ギルド」が存在し、最初は友達のギルドに入ってギルメンからこのゲームのことを教わった。
解散することになった時は、せっかくなので自分でギルドを立ち上げてみることに。
しかしこのギルドが友達とワイワイするギルドになってしまい、自分は高みを目指したかったので1か月ほどで解散。この時に勧誘されたギルド「Crazy eye」に所属する。
このギルドは決して強いと言い切れるギルドではなかったが、イベントごとに作戦を練りまくり、毎回ランキング10~15位に入っていた。
ギルマスが仕事が忙しくなるということで引退前の最後のイベントで全員全力を出し、5位?に入賞することができた。
Crazy eyeも解散し、前イベントで結果を出せた自分は、超大手ギルド「超絶みらくる」に勧誘され所属することになる。
憧れていた人たちが所属していて、その人たちの思考から学ぶことも多く、コミュニケーションもとれて嬉しかった。
イベントは常に1~2位を獲っていて、上位プレイヤーの経験もさせてくれて感謝です。
専門学校に入学後の忙しさとパズドラのブームもあってログイン率が低下し、そのままズルズル引きずる形で引退。
その年度末にはサービスも終了した。
ここからは「パズドラ」1本に絞って遊ぶようになる。
スマホが普及し始めたことにより話題になったアプリゲーム。
マックスむらいやドラゴン伊藤・タイガー桜井などの動画が流行った。
パズルの組み方の勉強をするためパズドラの動画を見る中でLINEグループの存在を知り、現在も親交のあるetakomiさんのグループに参加した。
ガチャよりダンジョンを周回する方が好きで、みんなで+を集めたのも懐かしい。
ア〇ワナ氏がパズドラをするために高校を中退したのは界隈では有名な話。
同時期にフレンド募集のためにTwitterを開始。
高校卒業前にandroidからiPhoneに機種変したことによりデータ移行できずに初期化することになったが、バイトを始めていたことで課金で時間を買い、遅れを取り戻す選択に出る。
専門学校入学後のクラス内の挨拶にてパズドラのランクを言う流れができ、自分が1番高いと知れると、クラスメイトのゼウス降臨やヘライース降臨を代行した。
機種変してからポケモンXY発売までの約8ヶ月間に本気で遊び、ほぼ引退。
当時のフォロワーの多さはパズドラ時代のもので、ポケモンで知り合った人達からは驚かれた。
昔から大好きなドラクエのソシャゲが出るということで始める。
当初のガチャ演出が問題視され、返金騒動にも発展。(実際に返金してもらえた)
上記のMHC・パズドラで培った経験から「ガチャを引きたがる人はソシャゲが下手」というのを理解し、リセマラで「りゅうおう」を確保後はひたすら周回して育成やランク上げ。
当時のランクは上から数えて4番目だった。
遊んでいく中でこのゲームには問題があり、戦い方ではどうにもならないお金を持つものこそ最強の札束ゲーだった。
ただガチャをして同じモンスターを集めて合成するだけで勝ててしまう。
学生には厳しく、システムに見兼ねた自分は2ヶ月で引退し、3DS版DQMイルルカに専念することになる。
エレメンタルストーリー
何でこのゲームを知ったかは記憶に無い。
エレストはパズドラにPVPを追加したようなゲームでランキングもあった。
当時の環境は、光属性ゆえに等倍以上の火力を出せるジャンヌ、連続攻撃によるワンパンで勝負が決まるヌト、不利な水属性をも超えれるリリスの三つ巴のような環境だった。
実績はバトルアリーナ各週ランキング
2週連続1位。2週連続2位。
2ヶ月程して就活が始まるか何かの理由で引退。(詳しく覚えてない)
社会人になり特にやりたいゲームも無かった頃、Twitter上でetakomiさんがリセマラをしているのを見かけてラスピリを知る。
どのキャラクターもムチムチした体型なのが特徴。
2年後にアニメ化もされた。
イラストから分かるように女性人気が高く、自分が関わってきたユーザーの男女比は2:8くらいの感覚。
男性を探す方が難しいゲームは初めてだったので困惑した。
オフ会(?)も何度か経験し、初めて名古屋まで行った。
最初は如何に作業ゲーに出来るかを考え、最終ダンジョンをひたすら周回する日々だった。
気づいたらランクが1番高くなっていて、引退するときまでトップランカーであり続けた。
のちに開催されたイベントでは、
第2回イベント:3位
第3回イベント:5位
と好成績を残した。
また、ラスピリ初の公式放送では「るりさんがランク300!」と名前を呼ばれていたことを知る。(仕事終わりにタイムシフトを確認した)
ギルド対抗のギルドバトルの開催がアップデートで予定されており、イベント上位者を集めたギルド「徒然なるままに」の結成が計画されていた。
有難いことに、徒然を含む多くのギルドから勧誘を受けたが全て断り、なぜか一匹狼を貫いた。(思い返すとここが分岐点であり黒歴史。もっと楽しめばよかったのに。)
徐々に人間関係がギクシャクし始めると、それと同時期くらいに会社の後輩からデュエルリンクスに誘われて引退を決意。
遊戯王デュエルリンクス
遊戯王デュエルリンクスがリリースされたことは知っていたが、今回はスルーするつもりで周りのツイートも流し見していた。
リリースから半年が経つ頃に会社の後輩(現Vtuber)から誘われてやってみることに。
実際にやってみると、カードプールが初期の頃の遊戯王に近く、懐かしいという気持ちで楽しかった。
始めた頃の環境は、恐竜で殴るだけのデッキ。
チーム対抗の交流戦が発足しており、自分はチーム「ZERO」の初期メンバーとして加入。
夜勤だったため試合の日程が合わず、正式な試合には1度も参加出来なかったので申し訳なくなり脱退した。
引退した訳では無いが、この後すぐに疲労で身体を壊して仕事を辞めて療養期間という名のニートになる。
デュエルリンクスは辞めて復帰してと繰り返していたので、ソシャゲから撤退する日まで最終的な引退は決意しなかった。
実績は特になし。
シノアリス
療養期間中にリリースされたゲーム。
元々注目されていたゲームではあったが、リリース直後に「メンテ地獄」と言われるメンテと不具合の繰り返しで更に有名になった(?)
自分はリリース直後の30分でリセマラを終えれたのでその後は割と苦じゃなかった。
リリース開始から10日後の6/16にランク100(当時のランク上限)を達成。
同日、1時間前に1人目のランク100到達者が現れ、自分が2人目の到達者。(故にトップランカー)
後にギルドvsギルドの「コロシアム」が実装されたが、面白味に掛けていたのでモチベが上がらず引退する。
ドクターマリオワールド
療養期間を終え、新しい職場。
そこでは入社2年目にぎっくり腰を何度も経験しまともに働けなくなる。
週の休みを1日増やし、出勤した日は15時で早退していた。
そんな中リリースされたのがドクマリ。
ぷよぷよやテトリスのような落ちゲー(ドクマリの場合は下から上)で、ある程度消すとキャラごとに設定されたスキルを使用でき、相手を妨害できたりする。
Mirrativでゲーム配信している人が多いと知り、コミュニティの幅を広げていった。
対人戦のレートもそれなりに高い方だったのでマッチングしないことも多く、マッチングしても関わりのある人ばかりで面白かった。
あまりにもマッチングしないので、ひたすら自爆してレートを0まで下げる遊びが流行った。
レートでの最大連勝数は112。
有志達により大会が開催され何度か参加するようになる。戦績は、
第1回ドクマリX杯 優勝
第3回ドクマリX杯 3位
第3回ウェルプレイド杯 2回戦負け
ドクマリ 夏の陣 2回戦負け
第4回ウェルプレイド杯 2回戦負け
モンハンアイスボーン(MHWI)発売と共に引退した。
モンスターハンター ライダース
腰痛により前の会社は辞め、今現在も務めている会社に就職すると1番親しくなった同期から「ソシャゲは何かやってないの?」と聞かれ特に何もやるつもりはなかったが一応ソシャゲを調べてみた。
するとモンハンライダースがリリース予定だったため始めることになる。
ハンターとモンスターでペアを設定し、ペア3組のチームでクエストに挑んでいく。ドラクエのような感じの好きなシステムのゲームだった。
このゲームの画期的だったところはオート周回が可能だった点。
24時間稼働させっぱなしでクエストやイベントを周回し、このゲームも引退するときまでトップランカーであり続けた。
特に気になることもなく毎日楽しく周回し攻略していたが、問題は別にあった。
それは ”新キャラの追加頻度” だ。
デュエルリンクスの1か月に1つペースで新パックが追加されるのも早いと感じいたが、ライダースは1、2週間ごとにガチャが更新された。(今現在どうなっているかは知らない)
パズドラ時代から無闇にガチャを回す行為はしなかったがライダースでは通用しなかった。なぜなら新ガチャから排出されるライダーをチームに入れると、イベントで手に入るアイテムの個数が上昇する仕様になっていたからだ。
イベントの報酬を見て参加するしないを決めてやっていたが長く続くわけもなく運営の方針に見兼ねて引退した。
ドラゴンクエストタクト
公式から開発中との情報が出たときから遊ぶと決めていたゲーム。
従来のソシャゲとは違ってランク上げの概念が存在せず、ミッションを一定数こなすとランクが上がる仕様だった。
モンスターの育成に時間のかかるゲームで、闘技場の実装に向けて毎日素材やイベントアイテムの回収をしていた。
闘技場が実装されると次は毎日闘技場を消化するだけでモチベは上がらなかった。
他にやりたいこともなく日課を消化するだけの日々を送っている日々に嫌気がさし、目標もなく続けていたこのゲームに出費がかさむことを避けるように引退。
またソシャゲから完全に撤退することを決め、GREEに始まった2011年4月~2021年3月におけるソシャゲ人生の10年に幕を閉じた。
ゲーム別 課金額合計
ポップアップストーリー ¥400
にゃんこ大戦争 ¥4,560
ロイヤルフラッシュヒーローズ ¥9,920
デュエルマスターズ プレイス ¥10,000
ロード・トゥ・ドラゴン ¥11,700
ぷよクエ ¥14,650
ゆるドラシル ¥15,880
ミトラスフィア ¥19,600
セブンズストーリー ¥22,520
バンドリ!ガールズバンドパーティ! ¥23,360
ディバインゲート ¥25,000
あっきのじかん ¥39,200
モンスターストライク ¥39,700
エレメンタルストーリー ¥48,200
モンスターハンター エクスプロア ¥49,100
モンスターハンター ライダース ¥57,680
ドクターマリオワールド ¥75,660
みんなとモンハンカードマスター 約¥100,000
ドラゴンクエスト タクト ¥113,320
シノアリス ¥114,360
ドラゴンクエストモンスターズ スーパーライト ¥221,030
パズル&ドラゴンズ ¥738,800
遊戯王デュエルリンクス ¥789,010
ラストピリオド ¥922,200
合計 約¥3,465,850
改めて見てみても決して後悔はしていない。
自分がこれだけ熱中し本気になれたゲームという証。
もしまたソシャゲを遊びたい気持ちになることはあるのだろうか。
これほどのゲームにまた出会ってみたいけど、もう出費がかさむ生活は嫌だ。
-完-